曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2014年7月19日(土)
  白雲去来(はくうんきょらい)
  
和尚さんのさわやか説法255
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 今月号の「さわやか説法」においても、前回、前々回に続いて「禅語」を題材にしてみたい。それも幼き頃の体験を思い出してだ。

―今から五十数年前― 
 私が小学六年生ごろであろうか?
 とある日、父であり常現寺住職である不言和尚は、我が三人の子らを奥の居間にある床の間の前に座らせて、こう言った。
 「お前達、この三本の掛軸の中で、選ぶとすれば、どれを選ぶか!!」
 父は左手に盃を持ち、右手で床の間を指差して、その子らに問うた。

 長男は小学六年生、次男は三年生、そして末っ子の三番目は一年生であった。
 子供の目からみる床の間は、黒光りした塗壁の中に奥行きがあり、圧倒される程のたたずまいがあった。
 おそるおそる仰ぎ見上げると、そこには、三本の軸に漢字で書かれた書体があり、それぞれを何と読むかも分からないし、小学生如きが読めるという代物(しろもの)ではなかった。

 それらの中から、自分の好きなものを選べというのであるから、こりゃ、はなから無理難題のことである。
 特に末っ子なんかは小学校に上がったばかりだ。やっと「ひらがな」を学んでいるぐらいで、漢文書体なんぞ理解できるわけがない。全員が戸惑っていた。
―そうしたら―
 二番目の弟が「オラは、これだぁー」と、大きな声で、三本の真ん中の掛軸を指差した。
 三人兄弟の中で、一番元気で積極的な男の子で天真爛漫な性格の弟である。
―すると―
 父はニンマリとして、「そうか!!ヒロは、これを選ぶのか」
 私自身、弟に先を越されたものだから、ちょっと不快感と悔しさを滲ませながら、続いて、
 「オラは、こっちだぁ!!右側にブラ下がっているのがいい!!」と叫んだ。
 それは、丸い輪っかのようなものが描かれている掛軸だった。
 父は、またまたニンマリして、
 「そうか、モトノブはこっちの軸を選んだのかぁ」と、やおら盃をグイッとあけた。
 次に末っ子の三番目の弟は、二人の兄が選んだ残りの掛軸を見上げて、幼い声で「オラは、これでもいいじゃ!!」と、無邪気に指差した。
 昔から、兄弟がいれば、末っ子は割(わり)を食う。いつも兄や姉が先となり、おもちゃから勉強道具、着るものも皆、お下がりであった。
 だから、末っ子は、いい意味でいうと、反骨精神が強く、逆境や困難にはめげることがないのである。
 その反面、長男なんかは、甘ったれであり、ワガママで自我が強い。
 私、高山和尚なんぞは、典型的にそれだ。
 真ん中の次男は奔放で個性的で、上にも下にも気遣う優しいところがある性格だ。
―まあ―
 兄弟の性格分析は、これぐらいにして、あとは読者の方々におまかせすることにしよう。
 父は、三番目の弟の指差す軸を見ると、
 「そうか、ナオコは、これを選んだのか!!」と嬉しそうに笑った。

 読者の皆さんは、既にお気付きのことであろう。
 この三兄弟の「モトノブ」とは、長男の私、高山元延(げんえん)であり、「ヒロ」と呼ばれたのは次男の下組町で歯科医を開業する高山裕章(ひろあき)であった。
 そして、末っ子で「ナオコ」と女の子的呼称の男の子は、今年サッカーのワールドカップが開催されたブラジル国サンパウロに移住し、現地の実業家として地盤を築いた三男の高山直己(なおみ)なのである。

 父は、若き頃より修行に修行を重ねた禅僧中の禅僧と評せられていた。また書家でもあった。
 ―しかし―
 子ども達には、そういうことは分からず、ただただ、おっかない、恐ろしい父親という印象しかない。
 でも、時折見せる優しさや、くったくのない笑顔からか、怖(こわ)いながらも頼りたくなる巨木たる存在で、私達子どもらは「おとちゃん、おとちゃん」と呼んでは、その側にいた。

 ―あの時―
 父は、私達の何を見たかったのだろうか?何の目的で、三本の掛軸を選ばせようとしたのか?
 何を言いたかったのか?
 その意味たるものを私達が成長してからも語ることはなかった。
―しかし―
 今回、さわやか説法で「禅語」を題材にして、何を取り上げればよいのか迷っている時に、突如として、よみがえったのは、五十数年前の「父の姿」と「あの時」の「我ら三兄弟」の状景だった。

 その三本の掛軸は、どのような書体のものだったのだろうか。
 あの時は、読むことは出来なかったが、私の脳裡には、一つの画像として今でも刻まれていた。
 その画像にある三本の軸を今、和尚となって、読み解いてみると、中央には『白雲去来(はくうんきょらい)』と大書きした四文字の軸。
 右側は、郷土の名僧西有穆山の墨跡であり、三個の輪っかに見えたのは、「宝珠(ほうじゅ)」と称せられるものであり、その上部の画讃に『福寿如意(ふくじゅにょい)』と書かれた軸。
 そして、左側は「篆書(てんしょ)」という独特の書体で書かれた『延命十句観音経(えんめいじっくかんのんぎょう)』の軸であった。

 三人の子ども達が訳が分からずともそれぞれを選んだことに対して、父は、ただ満足そうにして頷いていたことだけは、妙に今でも心の奥に覚えている。
 あれは、子ども達のこれからの将来に対する生き方や人生の歩む道を和尚の感覚で受け取ったのかもしれない。
 あの三本の軸は、暗示めいたのがあったのであろうか。
―事実―
 右側の西有穆山禅師の書を選んだ私は、同じく和尚となる道を十八歳の高校生の時、自ら選択した。
 真ん中の「白雲去来」の書を選んだ次男は、母の歯科医としての「白衣の女医」の跡を継いで、歯科大学に進み、今、患者さん達の「白い歯」を治療している。(※今、白さにこだわって論述してますけど・・・・・(笑))
―実は―
 私は、次男の裕章が真っ先に手を上げて、「白雲去来」の書を指差したことは、選ぶべくして選んだものだと得心している。
 それは、その禅語の意味するところだからだ。
 「白雲去来」とは、白い雲が、高く青い空の中にあって、自由に動く、その姿を表現した言葉であって、まさに執着のない自由無礙なる境界を云うものであった。
 私は兄として、弟を見ていると、「本当にそうだなぁー。」と感ずることがある。
 きっと父は、幼い子どもらの性格、生き方、人生を一幅の書から、読み取っていたのかもしれない。
―まっこと―
―恐ろしい和尚である―

 今月号の「さわやか説法」は、我ら三兄弟の昔話をはからずも引き合いに出してしまいました。お許し下さいませ。
 次号からは、あと二本の掛軸の禅語を、またまた出しまして、その意味を解説しながら父親和尚の思いは、こうではなかったかと語ってみたいと存じます。
 私もなにかしら年をとったのでしょうか。回顧的になりつつあります。
トホッホッホ(T_T)
  合掌  
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