曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2011年1月1日(土)
  卯年新春号に因み「ウサギとカメ」物語再考 =ウサギの名誉回復珍説=
  
和尚さんのさわやか説法224
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 新年 明けまして おめでとうございます。
 本年が皆様にとりまして、卯年(うどし)の如く、ピョンピョンと跳ねる飛躍の年であることを心より祈念しております。
―ということから―
 「さわやか説法」新春号は卯年にちなみ、かの有名な『イソップ物語』にある「ウサギとカメ」の寓話(ぐうわ)を、この高山和尚が仏教説話『ウソップ物語』「ウサギとカメ」に変じて、改めて再考し、ウサギさんの味方になって語ってみたい。
 なんたって、今年はウサギ年ですからね!!
 イソップさんには申し訳ないけど、カメさんに味方しないで、ウサギさんの名誉を回復させたいのである。
 イソップさんとは、紀元前六世紀頃の古代ギリシャの人。「イソップ物語」の作者で、その物語は動物や虫や鳥の寓話を中心にして語られ、現代においても幼児や子ども達に語り継がれ、絵本やアニメそして童話本として数多く出版されている。
 代表的な話では、「アリとキリギリス」「北風と太陽」「ありとハト」そして標題の「ウサギとカメ」とかがある。
 日本には、文禄二年(1593)イエズス会宣教師によって伝来され、江戸初期から「伊曾保物語」として出版されていたという。その当時から子供教育の書として親しまれていたというから、スゴイ物語なのである。
 それは、とりもなおさず、「寓話(ぐうわ)」という形式で、その内容が、いつの時代にもマッチした人間形成の教え、あるいは教訓が根底にあったからこそであろう。
 その中の「ウサギとカメ」の内容は、こうである。
  もしもし かめよ かめさんよ せかいのうちに おまえほど あゆみののろい ものはない どうして そんなにのろいのか ♪(石原和三郎作詞)と日本の童謡にも歌われているように、ウサギとカメが小山のふもとまでどちらが先に駆け着くか競争したのである。
 ウサギはピョンピョン跳ねての俊足であり、カメはノタノタの鈍足である。
 だから当然、ウサギが勝つということになるが、イソップさんは、俊足のウサギに途中で昼寝をさせてしまい、結果的に鈍足のカメが追越してゴールしてしまうという物語にしたのであった。
 ここでイソップさんは、我々に教訓するのだ。自分の能力を過信し、思い上がって油断をすると物事を逃してしまう。しかし着実に歩みを進め、一生懸命努力をすることによって、最終的には大きな成果を得ることが出来る。とのことである。
 だから、あなた達も怠ることなく、励みなさいとの教えであった。
―しかしながら―
 私は「イソップ」ならぬ「ウソップ和尚」となって(もとより、ほら吹き、嘘っぷ和尚ではあるが)、ウサギを弁護してみることにした。
 何たって、ウサギちゃんは可愛いし、仏教の物語では、我が身を火に投じてまでも、おじいさんを救わんとした思いやりのある動物だし、長横町では、その衣装を着て乾杯してニッコリ笑ってくれたし…。(何だか、まだ年末のお酒が残ってます
 そしてまた、冒頭に述べた通り、今年は「卯年」だからである。

 イソップ版「ウサギとカメ」の教訓とする問題点は「ウサギの途中の昼寝」にある。
 もし、ウサギが昼寝をしなければ、カメより先にゴールしていたということになり、何ら物語として成立しないし、面白くも、おかしくも、教えともならない。
 このウサギの昼寝の状態をどう判断するかが、大きな問題点とするところだ。
 あれは、どうしても、ウサギさんは途中で昼寝しなければならなかったのだ。
 何故、昼寝しなければならなかったのか、それは、向こうの小山のふもとまでの「距離」にある。
 きっと近場の小山までではなく、ずうっと遠い遠いはるか向こうの小山のふもとだったに違いないと私は思った。
 ウサギは俊足ではあるが短距離走者であって、長距離は苦手である。ところがカメは、鈍足ながらも、スタミナは抜群であり、長距離走者向きであった。

 それに反し、ウサギの寿命は、せいぜい5〜6年であり、持久力においては全然比較にならないのである。
 だから、あのウサギさんは疲れ果てて、途中でどうしても昼寝せざるをえなかった。
 かくして「亀は万年説」に立てば、あのカメさんは百才であろうが千才であろうが、まだまだ若者であって、かたやウサギさんは3,4才ならば早や中年、5才ともなれば、もう高齢者に属するのであって、鼻から、この勝負は目に見えていたと思わざるをえない。(私、ウソップ爺さんは、一生懸命ウサギさんを擁護してます)
 それをカメさんは、倒れているウサギさんを、介抱することもなく見て見ぬ振りをしてゴールしたのであろうか。ウサギは怠けて昼寝したのではない、倒れていたのかもしれないのだ。

 ひるがえって、近場の小山のふもとがゴールだったと仮定しよう。
 その時、火に我が身を投じてまでも、おじいさんを救わんとするぐらいの優しいウサギさんだからこそ、カメさんの歩みが、あんまりにも遅いものだから、気を使いゴール手前のところで待っていたのだ。でも、待ちくたびれて、ついつい眠ってしまったのかもしれない。
 そんなウサギさんの優しさを知らずに、しめしめとカメさんはゴールしたのである。
 はたまたウサギの目は赤い。きっとそれは前の日飲み過ぎて二日酔いか、あるいは泥酔騒ぎをしたかもしれないのだ。(あの海老蔵会見でも、目が充血していた。…)
(※またまた昨年に引き続きワイドショーの感化を受けてます
 だから、どうしても次の日、身体(からだ)を休まざるをえなかったのである。

 ついつい「ウソップ和尚版ウサギとカメ」は、ウサギさん擁護の為、昼寝の状況を分析しているが、今度はカメさんの立場からも考えてみよう。
 あの時のウサギさんは、目線は競争相手のカメさんしか見ていなかったのである。
 それに反し、カメさんは、足の速いウサギさんを見ずに、遠くのゴールを見ていたのであった。
 つまり、カメさんは自分の足の速さを十分に認識していて、ともかくゴールすることだけを目指していたのである。
 だからこそ、ウサギさんが倒れてた(or昼寝)していたことに気づく余裕すらなかったことも確かなことだ。

 イソップさんのこの物語から考察できることは、人生に於いての「競争」とは、競争相手を見るか、目標であるゴールに視点を置くかのことを教えているのであろう。
 いわゆる「ウサギ目線」か「カメ目線」か、どちらの立場で競争し、勝負していきますかの問い掛けでもあったのだ!!
 案外、私達人間はカメ目線ではなくして、ウサギ目線の競争をしているようである。
(ちょっと、カメさんも擁護してしまいました……。)

―でもね―
 ウソップ和尚の仏教説話「ウサギとカメ」の結末は、こうなるのだ。
 あのウサギさんが途中、草むらで休んでいたのは、昼寝でも、倒れていたのでもなかった。
 実は「瞑想中(めいそうちゅう)」だったのである。お釈迦様と同じように、坐禅を組み、「禅定(ぜんじょう)」に入り、安らぎの世界にいたのである。
 ウサギさんは、ゴール目指してピョンピョン跳ねていたが、その途中で気がついたのである。「カメさんとの競争の無意味さを」
「カメさんの一生懸命なひた向きさ」を、ウサギさんは先刻御承知であった。歩みは遅くとも着実さを知っていた。
 だからこそ、そんなカメさんを急に愛らしく感じ始めていた。
 ウサギさんは、優しさに満ち、慈悲深いウサギの心に立ち返っていたのであった。
 カメさんがゴールして喜んでいる姿を自分の喜びとしようとした。
 ウサギさんの目線はカメさんの人柄(亀柄?)も立場も見ていたし、勿論ゴールも視線に入っていた。
 そればかりではなくウサギさんは、自分という「ウサギの心」も目線に入っていたのだ。
 だから、かのウサギさんは、自らあの草むらで休んでいたのである。
 以上、卯年に因み、ウサギさんの「心」を皆さんに知ってもらいたくて再考を論じてみましたが、かなり無理があり、珍説となってしましました。
 やはり、私は「イソップさん」には、かないません。「ウソップ和尚」であることに間違いないですね。
 どうぞ、本年も「さわやか説法」をよろしくお願い致します。
 皆様のご多幸を心から祈念しております。
  合掌  
参考
1.フリー百科事典「ウィキペディア」
1.イソップ童話の経営学
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