曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2010年11月20日(土)
  心の土台とは!! =新むつ旅館の土台修復から学んだこと=
  
和尚さんのさわやか説法222
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 時は無常なり!!
時の流れも、時代の流れも刻々と変化し、常に留まることは無い。
 一切のものは生滅遷流(しょうめつせんる)し変化して常住(じょうじゅう)することがない。
 人の生命(いのち)ばかり、人生ばかりが無常なのではなく。全ての「もの」が無常なのだ。
 それは「建物」にだっていえる。
 何故?急に建物と、この「さわやか説法」で言おうとするのか!!
 それは、明治からの風雪と共に現代に厳然としてある、小中野町の「新むつ旅館」のことから学ぶことがあったからである。
 先月号の『月刊ふぁみりぃ』紙に掲載されたように、「明治時代の建物を当初のままで後世に残したい!!」
 「歴史的建造物の『新むつ旅館』が、たくさんの人々の善意に支えられ、土台修復工事が完了!!」と紹介されたように、本年夏に、その姿が甦った。
 この建物は、百年の「無常」の中で生き、時の流れ、時代の流れの中で、そこに宿泊する人々と共に生きづいてきていた。
 この「土台修復」の話が持ち上がったのは平成十八年に「新むつ旅館」が、「八戸市まちの景観賞」特別賞に選定された時であった。建物診断をした際、老朽化が進み、早急なる対策が必要であるとの指摘を受けてのことである。
 そのことが、小中野町の市民ボランティア会の「小中野生き活き市場」の定例会に、旅館の女将さんから提言されたのが端緒となり、その修復構想の気運が高まった。
 爾来、土台修復活動を模索し、皆なが、それこそ「土台の下の力持ち」となって=縁の下の力持ち=活動を展開していった。
 この間、新むつ旅館の御主人は持病が悪化し、また女将さんも心労が重なり、幾度も床に臥すこともあったが、多くの善意に支えられ奮起していくのである。
 それは、老朽化した建物ばかりでなく、老夫婦を支えるたくさんの人々との「縁(えん)」の『力』のおかげに寄るところが大きい。
―いわゆる―
 本当の意味での「縁の下の力持ち」だったのである。

 私は驚いた!!
 それは、八月一日早朝!!土台修復が完了し引き渡しが終った次の日、その「新むつ旅館」を見に行った時のことである。
 建物の外観は、以前と何も変わっていなかった。
 あの破風作りの玄関も、板製の外壁も、昔ながらの古材のままであった。
 玄関から中に、そぉーっと忍び込むかのようにして入った。
 やはり、中も何も変わってはいなかった。この旅館の特徴である「中央に天窓を開けた吹抜けと明治期の洋風意匠のY字状階段」のたたずまいも、何も変わってはいなかった。
―しかし―
 驚いたのは、その凛とした姿であった。
 ガシッとした骨格というか、足腰がピシャンとしているというか、エネルギーに満ち溢れている姿に感動したのであった。
 気圧(けお)されるその迫力に、思わず「おぉー」と声ならぬ声が出た。
 土台がしっかりするとは、こういうことなのかと改めて考えさせられた。
 土台修復以前は、今にも倒れそうな雰囲気があった。
 どこかの柱をポンと押そうものなら、すぐにでも音を立てて崩れそうな感もあり、古い建物が、よけいに古く感じさせていた。
―それがである―
「青年になった」とは言わないが、「青年期に戻った」ような屹立している姿であった。
「古(いにしえ)の青年」
「古老(ころう)なる青年」
こんな言葉は無いが、古きながらも堂々たる若返った風格が、そこにあった。まさに、土台が大事であり、基礎が大事であることを、まざまざと私は実感した。

 それは、新むつ旅館という古き建物ということではなくして、人としての生き方についても同じことが言えると思ったからである。
 時の流れにあっての年令や、年老いていくことの体力の問題ではなく、今までの時の流れの積み重ねを、土台として常に構築しているかの問題である。つまり、自己という人間の「心の土台」のことであった。
 その「土台」となるものは一体どういうことをいうのか。
 その土台を構築するには、どういう心であればいいのか。
 土台は建物全体を支えている。そして土台そのものもお互いに支え合っているし、建物自体とも調和を保ち、相互に支え、そして支え合っている。

 人間社会においては、その支え、支え合う心の根底は、お互いを思いやる「慈悲の心」であると私は思っている。
「常に大慈大悲(だいじだいひ)に住(じゅう)して 坐禅無量(ざぜんむりょう)の功徳(くどく) 一切衆生(いっさいしゅじょう)に回向(えこう)せよ」
 この言句は、曹洞宗の大本山總持寺御開山である「螢山禅師(けいざんぜんじ)」が『坐禅用心記(ざぜんようじんき)』の中で説かれている一節である。
 この意味することは、常に自己心、自己の行いは大いなる慈悲心そのものになりきり、住していること、それが坐禅の実践行であり、坐禅の心であると説かれる。
 その坐禅していることが即ち、全ての人々を救い、救わんとする行いであるということであった。
 更に言うならば、坐禅は、自己の安心の究明である。安らかなる自己の本心への気づきであり、「安らかなる心」となることの生き方である。
 ということは、その自己の安らかなる心を全ての人々に施し、全ての人々が安らかならんとする行願(ぎょうがん)に他ならない。
 人々が安らぐところに自己の安らぎが共にあるということでもあった。
 つまり、相手を思いやる慈しみの心は、安らぎの世界を共にすることであり、大慈悲心に住するとは、自分も相手も隔てなく「慈悲の世界」となることであった。
 だからこそ全てを包み込む「大いなる」慈悲心なのだ。
 建物の土台自身には相互に調和し支え合っているという意識はないが、私達の慈悲の心もまた、お互いに、支え支えられているという自他共にあり、隔てのないという執われのない無意識のところに真の意味がありそうだ。
 故に、この「大慈悲心」が私達の「人」としての「土台」を構築するものであると思っている。
 であるならば、それは時の流れの中にあって、いつでも再構築できるし、年令如何を問わず、老齢になっても構築できるものである。
 ひるがえって、私自身は、和尚としてそれこそ皆さんの「縁の下の力持ち」となるべく修行を怠ってはならないのだ。
 八戸の名僧 西有穆山禅師は「処世三訓」の中で、いみじくもこう説かれている「腹がすいたら縁の下の力餅を喰うべし」と…。
 私は、その力餅を常に食べ続け自らの「土台」としなければならないのだ。
  合掌
 
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