曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』連載中
  芝居版 「創作 ぼくざん物語」 パート十二
   第三幕 花のお江戸で晋山開堂(しんざんかいどう)パートW
  
和尚さんのさわやか説法210
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 縁とは不思議なものである。出合うべくして出合うのか。起こるべくして起きるのか。
 只今「さわやか説法」では、「創作ぼくざん物語」を連載し、三月号からは、江戸は牛込にある「鳳林寺」での若き穆山様の住職就任式である「晋山開堂」の模様を実況中継している。
 実は、今月の七月六日、その鳳林寺様で説法講演をしてきたのである。
 皆さん!!びっくりしたでしょっ!!私自身も依頼の電話が一ヵ月前にあった時、びっくりしたのなんのって!!
 「えー。」と声を上げたまま絶句してしまった。
 「当日は施食會(せじきえ)と言って檀家さん方の御先祖供養の日で、是非とも穆山禅師のことを話してもらいたい」との要請であった。
 穆山様が、この鳳林寺様には十五代目の住職として就任をされた。
 平成の現代の住職は二十五代目だと言う。
 この間、百数十年、十人の歴代住職を経て、穆山様のことを鳳林寺様の檀家の方々に向かって、穆山様の出生地である八戸の私が語ることが出来るとは、まさに「仏縁」というより他ならない。
 それもちょうど、この「さわやか説法で」穆山禅師の鳳林寺での晋山開堂の模様を展開中の時にだ。
 七月六日、鳳林寺様に到着すると、大勢の檀家さん方が本堂と広間にびっしりと入り、須弥檀の中央には、穆山禅師の位牌がまつられ、脇間上段には、遺影が飾ってあった。
 穆山様の前で「穆山」のことを語る。いやがおうでも緊張が高まってきた。
 それと、もっと緊張を増幅するものがあった。控室に通されると一人のイキな着物姿の方がおられた。
―なんと―
 それは落語家の師匠さんであったのだ。つまり私の説法の前に、このプロの落語家さんが話をして、それから私の出番だという。
 「ぎゃお〜〜ん!!」
 緊張のボルテージは一挙に沸騰点に達した。しかし、達すると不思議なもので、あとは下がるばかりだ。かえって開き直って話すことができ、落語家とは違った八戸弁丸出しの「高山節(たかやまぶし)」の説法となり皆さんからは大きな反響をいただいた。

 鳳林寺様の本堂や庫裡そして須弥壇は、穆山禅師が住職就任した当時のものではないが、感無量の思いで、その須弥壇を仰ぎ見ると、あたかもそこに、往時の若き金英和尚こと穆山禅師が立ち、そして大説法をしている姿が彷彿としてきた。

 「さあー。いよいよ金英新命和尚様の大問答、大説法が始まろうとしています」
 「こちら、レポーターの熊五郎と八五郎であります。先月号に続き今回もまた、金英和尚さんの晋山開堂実況中継をいたします」
 「よぉっ!!頼んますよ。あんた達の解説は、さすがに落語にも出てくるだけあって、酒脱だし、おもしろいし、それでいて分かりやすいよ。」
参列の檀家衆から声が上がった。
 「合点!!承知の助だってんだ。」
もう熊五郎も八五郎も上機嫌で、スリコギのマイクを握りしめた。
 「只今、新命和尚様は先月号で話した通り、それぞれの場所で、いわゆる仏法の言葉としての『法語』を述べられたのでありまして、これより『釣語(ちょうご)』というものを言われます」
 「熊さんよ!!何でェー その『釣語(ちょうご)』ってのはさぁー?」
 「それはさぁー。魚釣りをする時のように、修行の問答を誘い、相手の力量を釣り上げる為の言葉なのよ」
 金英新命和尚は須弥壇上から、キッと睨むが如くにすると、そこには幾多の修行僧が問答をしかけようと今かゝと待ち望んでいる姿が見えた。
 「十方智者入此門 此中誰是相応底之漢 在出来呈露機鋒見 有無麼」
 「何でェーゝ ちっとも漢文で分からねェーよ!!一体どういう意味なんだよ」
 「そう、カッカするなって、つまりね。多くの秀れた修行僧が、このお寺に入ってこられたが、この中で誰が、仏道修行相応の人であろうか。もしいるならば自己の鋭き禅機を露呈して問答をしかけてきなさい。と禅問答の口火を切ったのさ」
 「是れはこれ、須弥壇上の新命和尚!!」
若き修行僧が間髪を入れず、本堂中に響き渡るかのようにして問答を掛けてきた。
 熊五郎も八五郎も、檀家衆は、その大音声にビクッとした。
 「今日(こんにち) 晋山什麼(なに)を将(も)ってか、人々の為に化導するや?」
 その修行僧は、金英新命和尚の立つ、須弥壇の下に進むと、ギュッと睨みつけた。
―すると―
 おもむろに、穆山こと金英和尚は静かな口調で「喫茶去(きっさこ)」とだけ答えた。
 「今の問答はどういうことなのかなぁー、随分短いねェー」
 「それはね、今日の晋山式にあたって、金英和尚さんは、どういう心で俺達檀家衆を導くんですかい?って聞いたのよ」
 「そしたら、まあお茶でもどうぞ、と言ったのさ。だけどね、これは深い意味があって、お茶を飲んだり、御飯を食べたりする日常そのものが、実は仏道そのものだということで、その心で俺達を導いてくれるってんだよ」
 「へェー。問答っていうのは、すごいもんだね」
 「おっ!!また出て来たよ!!」
 「しからば問う。行(ぎょう)を迷中(めいちゅう)に立てて證(しょう)を覚前(かくぜん)に得(う)ることあり、これ如何(いかな)ることや?」
次の修行僧が問うと、やはり、おもむろに、
 「三世の諸仏は皆迷中に行を立つ、迷中すでに證が伴っておる」と、答えると、修行僧は更に、「迷中の行とは、これ如何(いかん)?」と言うと、金英和尚の大喝が響いた。
 「放下着!!」
すると、その修行僧は
 「何をか放下せん」 と、またまた、突っ込んできたのだ。
金英和尚、あわてることなく、「汝が疑問を放下せん。徹底!!放下するところ證覚前にあり!!」
 皆な固唾を飲んで、この展開を聞いていた。
 「いやはや、おもしろいもんだね」
丁丁発止(ちょうちょうはっし)とくり広げられる問答もあり、また「仏道修行するにあたり、如何なる力量を持ちて臨むべきや」との問に対しては、まさに当意即妙なる答として「縁の下の力餅を食うべし」と喝した時には本堂の檀家衆らは手を打って喜んだ。
 「たいしたもんだねェ 金英和尚さんは!!」
熊さんも八っつあんもスリコギマイクを握りしめながら実況中継しては、感激に打ち震えていた。
―やがて―
大問答が終わり、須弥壇から下りると、期せずして拍手が起こり、本堂は興奮のルツボと化した。
 そして若き金英和尚の名声は、またたくまに江戸中に知れ渡り、その教えと徳望を親い、門を叩く者数知れずということであった。
さて、次号から「第四幕」新たなる物語が展開していきます。乞う。御期待を!!
  合掌
 ※参考 禅門宝鑑問答集
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