読書百返 義おのずからあらわる
されども携帯百返 義おのずから使いこなせず

和尚さんのさわやか説法189
平成19年4月号 曹洞宗布教師
常現寺住職 高山元延

 「されどもシリーズ第三弾!」 只今 携帯電話進化中(^―^)
 次から次へと新しい機種が出現しては消えていく。
 それに機種ばかりではない、それこそ型体
(ケータイ)から多才(たさい)な機能に多彩(たさい)な色合(いろあ)いと新陳代謝していっている。
 今や所持している人はビジネスマンや若者だけではなく、子供から高齢者の方々まで、もう赤ちゃん以外全国民所持の勢いである。「いつでも、どこでも」話せるし、呼び出せることができる。その携帯電話は、「携帯」から「ケータイ」となって、単なる通信手段として持ち歩くのに便利ということだけではなく、自分の生活形態
(ケータイ)の必需品となり、体の一部にまでともなってきた感がある。
 それは、軽体的
(ケータイテキ)に自分の「今、求めること」へ気軽に対応してくれるし、それに素直に応(こた)えてくれることに他ならないからであった。
 だから、出掛ける時なんか忘れたりしたもんなら、えらい落ち込んだり、紛失しようものなら家中、ひっくり返してとことん捜すあり様である。
 携帯は会話中心の通信手段はもとより、『メール』という文字の相互交流、送りたい時に送り、見たい時に見る。また「話し言葉」で伝えられないことを「文字言葉」で伝える。絵文字、顔文字、デコメに写メと、自分の気持の表情や心の機微までも伝えられるのだ。
 その上に着メロ、着うた、着ムービーという音楽機能。TVやFMラジオやアクセスしての情報機能。行きたい所を捜したり、自分の居場所を特定するナビ機能に、防犯的なセキュリティ機能に、お買い物やお財布がわりにもなるマネー機能等々、この紙面では言い尽くせないほどの「まぁ!!すごい!!」と驚嘆する機能が「ケータイ」に満載しているのであった。
―ただし―
ただしですぞ、それらを使いこなし、多機能を多機能たらしめるのは、使う私自身の問題であるということだ。
 私なんかは携帯電話を持ったのは比較的早い方で、昭和50年代には使っていたのである。
 あの頃の携帯は、その形といい、色といい、重量といい家にある電話機を持ち歩いているという代物であった。
 まぁ!!確かに小型化されているにはしても背広のポケットに入れようものならば、ニュートンの法則の通り、ポケットがズシッと傾き左肩を下げて、右肩で風を切って歩いているようなものだった。
―爾来―
 私の携帯の使用基準は、ただひたすら小型軽量化であり、機能は私の頭脳には機能してないのであった。
 だって、私の頭の使用初期化は、昭和時代の会話通信の設定で終了しており、それ以来更新されていないからである。
 最近、やっとメールと写メの保存と送信を覚えたぐらいで、その打つ速度たるや遅いのなんのって ヽ(´_`;)ノ。。。(涙)


 この前、出張で東京へ行った時、山手線に乗ると、となりの若い女性が超高速ユビタッチでメールを打っていた。それも両手でだ。「こんなに速く打ってどんな文章になっているんだろうか?」と興味が沸き、彼女の手元を見るばかりでなく、直接、画面を見ようとしたら、何か気配を感じたらしく、ギロッと睨まれ、携帯をバジッと閉じられた。
 こういう「ケータイ」ならぬケー率
(そつ)なオヤジのことを、きっと「形態(ケータイ)スケベ」とか「変態伝話(へんたいでんわ)」というのであろう。
―さて―
 私は「ケータイ」を25年以上に渡り、携帯百返、いや百万返使っている割には全然使いこなせないのは、私の手と頭の初期化設定の問題とそれから発生する使用説明書に対する読解力の欠除だからである。
 何をどのように、どうすればいいのか、さっぱり解らない。
 読書百返する前に「一返」で、お手上げギブアップしてしまうのだ。
 江戸時代に「東海道中膝栗毛」を著した戯作者
(けさくしゃ)
「十返舎一九
(じゅっぺんしゃいっく)」という方がおられたが、さしずめ私の場合は、
ケータイ読解「一返舎一苦
(いっぺんでいっく)」なのである。トホッホッホ(´o`ヽ)(涙)

 だから、私は今月号の「さわやか説法」のタイトルを『読書百返 義おのずからあらわる』ではなく、『されども携帯百返 義おのずから使いこなせず』とした。
―そもそも―
 この「読書百返 義おのずからあらわる」の格言は、中国は晋
(しん)の時代の歴史家「陳寿(ちんじゅ)」(233年〜297年)が説かれた故事に由来する。
 物語は、こうである。中国の三国(魏
(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご))時代、魏の国に「董遇(とうぐう)」という学者がおり、ある時、ひとりの若者が、やってきて、この董遇(とうぐう)に、こう申し出た。
「先生!!どうか私を弟子にして下さい。どうぞ私に学問を教えて下さい」と懇願した。
 すると、董遇は一冊の本を取り出すと彼に
「私に学ぶより、私のところで学ぶことよりも、まず自分の力で、この一冊の本を百返読んでみなさい」と言った。
「そうするならば、その本の意味が自然とわかるようになる」
「わかるようになったら、また私のところへ来なさい」と諭
(さと)されたとのことである。
 このことから、この格言が生まれたのであり、中国でも日本でも、昔から、難しい本でも素読を通してくり返し声に出して読めば、その本の内容がだんだんと理解出来るようになるとの教えであった。
―ただし―
 この教えは、百返ただ漫然とくり返して読めばいいというような格言ではないのだ。
もっと厳しく重い教えなのだ。
 それは、きちんと丁寧に「くり返しゝ」読むことが大切なことであり、そのことによって「その本」と同体となり、同体となったところで、「本」の方から、その義(意味)について、おのずからあらわれ、わかるようにさせてくれるというのだ。
「自分が解かる」のではなく、「本」そのものから教え示してくれるのだ。
 単なる回数だけの問題ではないのである。ましてや、百返も読むことなく途中で放り出したり、あきらめたりしようものなら、「もう何をか言わんや」である。
「読む」という「修行」なのである。その修行は、まことに厳しく、深く、重い。

 御経
(おきょう)を「読誦(どくじゅ)」することとて同じだ。ただ漫然とくり返して読むのではない、真剣に一字一句を読むところに「御経」自身が読誦する者に具現化し、御経と一体となる自分がいるのだ。

 道元禅師は『正法眼蔵随聞記』の中で説かれている。
  「作
(な)すことの難(かた)きにあらず よくすることの難(かた)きなり」
 この「よく」が難
(むずか)しいのである。
―つまり―
 読書するにしても「よく読書」することが難しいのであった。
 私の如く、携帯説明書を一返読んだくらいでは理解することも出来ず、機能を使いこなせないのは至極当然のことなのである。
  『携帯百返 義おのずから使いこなせず』
 私にとっては、素晴らしい格言(?)となった。
 今回の「さわやか説法」において、私は勝手に道元禅師のメルアドにアクセスして、私の「軽体
(ケータイ)説法」にリンクしてしまった。
 どうぞ今回もまたお許しくださいm(_ _ ;)m

合掌


 

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