新春説法
初心忘るべからず されども 忘れ去るべし

和尚さんのさわやか説法187
平成19年1月号 曹洞宗布教師
常現寺住職 高山元延

 新年 明けまして おめでとうございます
 皆様にとりまして、この新しき平成十九年がよき年でありますことを心より御祈念申し上げます。
 私達は念頭にあたり新しい気持になった時「初心」の誓いを立て「一年の計は元旦にあり!!」と、自己の目標に向かおうとする。
―しかし―
 私達は、その「一年の計」をいつの間にか忘れ去り、進むべき方向性すら、日々の忙殺の中で亡却しまいがちである。
 あげくのはてに、「初心の誓い」は、正月三ヶ日も過ぎると、「何だったんだろう」と首をひねってしまうぐらいのあり様である。

 昨年、いろいろな不祥事等が起きると、その関係者の方々が何人も横列に並び、お詫びする姿がTVのニュース番組、ワイドショーで同じような光景として見た。
 その時の陳謝の言葉の「しめくくり」が、「二度とこのような不祥事は起こしません」「初心に返って」とか「初心に立ち戻り」とか、「初心忘るべからずの精神で」というように「初心」の連発で事を収めようとすることだった。
 まさに「初心」は忘れることを如実に示す光景だったのである。
―そこで―
 今回の「さわやか説法」は新春号ということもあり、この「初心」について、私の考える「初心のあり方」を述べてみることにする。
 結論から言えば、今月号の標題に示したように「初心忘るべからず、されども忘れ去るべし」である。
 つまり、「初心」は忘れちゃいけない!!って言ったって、いつの間にか忘れるものである。

 でも、初心は大事なことなんだから、古人は「忘るべからず」と格言を以て、私達に教えられた。
―しかし―
 私は、あえて「されども忘れ去るべし」と言いたいのである。
 その真意は、「初心は成長させろ!!」ということである。
 人間は日々成長するものであるし、時節も時代も「時の流れ」とともに成長しているのだから、いつまでも、昔の「初心」にしがみついていないで、自己の初心は、現在の自己としての初心として成長させていくべきものと考えるのである。
―では―
 初心とは、どういう意味のことを言うのであろうか。
一つは、私のような僧侶からの立場でいう「仏道を初めて志す心、菩提を求める心をおこすこと」であり、
二つ目は、一般的にいう「学問や習い事を学びはじめようとすること」であり、その学び初めた人を指すものでもある。
三つ目は「まだ物事に馴れないことや未熟なこと」であり、四つ目は「初めに思い立った心、あるいは任にあたった時の初一念」をいうものであった。
 先述した格言の「初心忘るべからず」とは、この四つ目のことであり、その意味するところは、「常に志した時の意気込みと謙虚さをもって事に当たらねばならない」ということである。

つまり、不祥事を起こした時の弁解の意とするところは「私達は馴れ過ぎてしまい、志した当時の謙虚さを失っていました」ということであるのだ。

―しかしである―

 仕事や学問でも何でも、その道に入ったものが、いつまでも「初心」であってはいけないと私は思うのである。
 それぞれが馴れ親しみ、熟達、熟練し成長していかねばならない。
 その成長過程の中にあって、常に謙虚さを失わず、求める心を持続していくことに、人間の成長というものがあるのではないか。

 だからこそ、私は「初心は忘れてもいい」ただし、その「初心」は自己の成長過程の中で、自己の求める道の中で共に「成長させて」いかねばならないと思うのだ。

 大本山永平寺を開かれた日本曹洞宗開祖である道元禅師様は、仏道(菩提)を求める初心である「発心」「発菩提心」を起こすことをこう説かれる。
「一発菩提心を百千万発するなり。…しかあるに発心を一発にして、さらに発心せず、修行は無量なり、證果は一證なりとのみ聞くは、仏法を聞くにあらず、仏法を知れるにあらず、仏法に会ふにあらず。千億発の発心は、さだめて一発心の発なり」と。
 つまり、道元禅師は仏道(菩提)を求める初めての発心は、最初の一回こっきりの心ではない。百千万発、いわゆる何度も発することであるという。
 一回だけ発心して、さらに発心しないのは本当の仏法を修行していることにはならない。その仏道の中で常に発心の連続をしていくのであり、その千億の発心は究極のところ、自己の真実なる一発心だと説かれる。
 そのことを現実社会の私達の生き方にあてはめてみるならば、「初心」は初心にとどまらず、その成長過程の中で、常に新しき初心を連続し起こしていくところに、その意味があるのではないだろうか。

 私自身、和尚としての初心の原点は、高校三年生の時である。

 その年の正月、私は父親に、お小遣いの値上げを交渉した。
 頑固一徹の父は、子供達の要求には何でも反対し、逆にお叱りを受けることもあって、恐る恐る切り出した。
 私は「何故、値上げが必要なのか」その論拠を示し力説した。
 そうしたらである。

いとも簡単に「よかろう。値上げしてやる」と言うのだ。こちとらは拍子抜けするというか、小踊りして喜んだ。
 しかし、次の言葉が待っていた。
「そのかわり!!」とのドスのきいた声に私はまた正座しなおした。
 親というものは、子供の要求には素直に応じないもんで、必ず「そのかわり」が付くものである。これは、いつの時代も変わらない。
 父は言った。
「そのかわり、朝、学校へ行く前に、本堂を掃除せよ!!」
「そうしたら、五百円値上げしてやる」
 その当時、私の一ヶ月のお小遣いは千円であった。それが50%アップの千五百円ともなると、「はい!!やります やります」の大連呼である。
―ところが―
 現在の本堂とはちがって、あの頃の本堂は、木造ボロ屋の、すきま風だらけの外気温と変わらない屋根があるだけのような造りであった。おまけに暖房設備なんぞはあるわけはないし、冬の朝の本堂の畳の上なんて、まさにスケートリンクのような冷たさである。
 値上げを要求したのが正月であるからにして、北国が最も寒い時期である。
 裸足では、あまりにも冷たい畳の上なもんで、まさに飛跳ねるが如くにして掃除していた。
 その冷たさより、もっと冷たかったのは、父親の苦言であった。
「こんな掃除は、掃除ではない、しっかり掃除せよ!!」との叱り声だった。
 それでも、めげずに頑張り一ヶ月が過ぎて二月の初めだった。
 体は寒く、足の冷たさに耐えていた時、突如、一つの句が生まれた。
厳寒に 我が身を 投じて 無心なれ
 その途端、寒さを感じなくなったのだ。
 私は、そのひらめいた句を、半紙に書いて父の事務机の上に置いて学校へ行った。
 そうしたら、学校から帰るやいなや、父は私を呼び、「このヘタな俳句らしきものは、お前が書いたのか!!」と詰問された。
「はい!!」と首をうなだれると、「ふう〜ん。お前は、和尚になれるかもしれんな」と、その半紙を上に掲げた。
 事実、一ヶ月後の三月二十四日、得度式がなされた。

 この句が私の仏道を志す最初の発心の言葉でもあった。
 この句と、この時の心は今でも、忘れることは出来ないし、忘れ去ることはない。
 しかし、
 そのままではいけないのだ。私は今の私として、その「厳寒」が「我が身」が「投ずること」が、「無心なること」が、その時々にあって成長していなければならないのだ。
 高校生の時の「初心」は、その時の初心であって、それを忘れ去り、今の「初心」が構築されていなければならない。
 それが、
初心忘るべからず されども 忘れ去るべし」の由縁なのである。

 あの時、あの初心は純粋だったなあ。今の私の初心は不純、雑念ばっかしです。
 ショボン…。
 読者の皆様!!皆様は本年、どのような「初心」を立てますか?
 どうぞ、純粋な大きな初心を立ててくださいね。

合掌


    


 

戻る