「トリビアの泉」
出演騒動記パートT

和尚さんのさわやか説法175 平成17年10月号 曹洞宗布教師
常現寺住職 高山元延

 皆さんは、全国ネット、フジTVの番組「トリビアの泉」を御存知であろうか。
 毎週水曜日午後九時からの放送で、八戸地方は岩手めんこいTVであり、RAB青森放送では土曜日午後一時から約一ヶ月遅れで放送している。
「トリビアの泉」とは、素晴しきムダ知識と副題がついてあるように全国の視聴者から投稿された、人生に全く必要のないムダ知識や雑学。また「へェー」とびっくりするような、あるいは気づかないことをVTRで紹介する人気番組である。
 タモリを中心とする五人のパネラーが、感心したり、びっくりしたり、感動すると「ヘェー」と鳴るスイッチを押して、その合計指数が標示されるというものである。
 この番組は結構おもしろく、笑えたり、はたまた勉強にもなるものだから、私自身、毎週楽しみにした見ていた。
―ところが―
―まさか―
 当の、この私が、この番組に出演することになるとは、夢にも想わなかったし、まさに「ヘェー」と何回も押したくなるような、ビックリ仰天の出来事だったのだ。

―それは―
 ある一本の電話から始まった。
 八月二十日、新井田川灯籠流しの当日のことである。午前中にスタッフ達がその準備で川に出払っている時、私は所用があり、お寺にもどっていた。
 その時、電話の着信音が鳴り響いた。
 受話器を取ると、「フジTVの『トリビアの泉』の制作スタッフの者ですが」と語る。「トリビアの泉っていう番組、御存知でしょうか」と尋ねるものだから「はい。よく見てますよ」と言うと「そりゃ、よかった。私はその番組の制作を担当する者ですが」と、また最初の会話にもどった。
 私は受話器を耳にあてながら内心こう思っていた。
「こりゃ、TV局を名乗る、何とか商法というやつかな」
「新手
(あらて)の振り込め詐欺(さぎ)かしらん」と半信半疑で聞いていた。
―そしたらである―
「あなたのお寺に塔婆処理機という古い塔婆を細かに砕いて肥料にする機械があるそうですね」との問い掛けに私は、びっくりしてしまった。
「何で、そのことをそちらで知ってるんですか」と、逆に問い直すと、「だからトリビアなんですよ、えっへっヘェ!!」と相手は笑った。
 こちとらは半信半疑が、ぶっ飛んでしまって態度豹変
(ひょうへん)、全信消疑(ぜんしんしょうぎ)「フジTVさまぁー」
「トリビアさまぁー」
と、やたら丁寧語の連発となってしまった。
「視聴者からの情報で和尚さんと、その塔婆処理機を是非とも取材に行きたいんですけど、予定を取ってくれませんか」と言う。
「それで、いつ頃のことですか」と、こっちは一ヶ月か二ヶ月先のことと想定
(そうてい)して答えると、「はい。明後日(あさって)の午前中の予定でおります。!!」
「えー、そんなに早いのぉー」
「ともかく、FAXで、行くスタッフと行動予定表を送りますから、月曜日はよろしくお願いしますね」と電話は切れた。
 受話器を置くと、私は脱兎
(だっと)の如く茶の間から出ると奥様のいる台所へ走った。
 息せき切って、ハァハァーしながら、こう言った。
「おっおっ俺!!トットットリビアに出るんだってよ!!」
「はぁー。なぁ〜に!!」
「トットットリビアよ」
「はぁ〜」と、また私に聞き返す。無理もない。私がトリビアの泉に出演するなんて考えられないことであるからにして。
―そしたら―
「和尚さん、なに言ってんの、おぉー、トレビア〜ン」と、まあ。
 奥様は、わけのわからない東北なまりのフランス語を言って、おどけるのである。
 そこで、私は、「そうだFAXを送ると言ってたよなぁ」と思い直して事務室に向い、とどいているFAX用紙を握って、奥様の目の前に突き出した。
「あれまぁー、本当!!」と、今度はカラスが本堂の屋根で鳴くような声を出して驚いた。 私は、それからどうしたかと言うと、灯籠流しの準備をしているスタッフの連中に教えたくて新井田川へ走った。
―それで―
 皆なとのシチュエーションは、先程の奥様と同じである。誰もが初めは信ぜず、本当だとわかると素頓狂な嬌声を上げるのであった。
 皆なに「ホント!!ホント!!」と何度も念を押されると、こちとらは猿と同じで、木にも登りたくなるような心境となり、舞い上がってしまっているのだ。
 その夜の「新井田川灯籠流し」の御経ぐらい上
(うわ)ずった声が出たことはなかった。

―ところが―
 トリビア制作者は私の寺に取材しに来るのであって、私が目的ではないのだ。主役は、あくまでも「塔婆処理機」という機械であって、私は脇役なのだ。
 この塔婆処理機というのは、八戸のベンチャー企業であるJHS
(ジェーエッチエス)という会社が独自に開発した機械である。
 檀家の皆様がお墓で読経
(どきょう)し供養すると、お花と塔婆は、そのままにして帰られる(近年は供物は置きっぱなしではなくなった)。
 その後始末に威力を発揮するのが、生花処理機という供えた古い花をシュレッダーのように噛砕
(かみくだ)いて、機械内の木材チップと混合して肥料とする機械であった。
 そのハウツーを応用して、古い塔婆を木材チップに出来ないものだろうかと発想したのが「塔婆処理機」というものである。
 つまり、古い供花は焼却場に捨てられ、古塔婆は境内で燃やしていたものが、どちらも細かくチップ状にして混合することによって有機的肥料のもとになるという画期的な機械なのである。
 この塔婆処理機に古い塔婆を入れた時、菩提寺の和尚の「読経の声」が自動的に流れると本当の供養になるというアイデアを出したのがこの私であった。
 この機械の名称は、「塔婆供養読経機」と呼び、読経機としては常現寺が第一号となり、地元の新聞や、中央の寺関係の雑誌にも紹介されたことがあったのだ。
―であるからにして―
どこかの視聴者が何らかの情報を得てフジTVの「トリビアの泉」に投稿したからこそ、このような騒動記が始まったのだ。
 当日は朝10時30分から収録が始まり、終ったのは夕方4時30分。
 そしてまた、もう一度撮り直したいということで次週にまたやってきて、同じく午前から午後まで、合計十二時間の収録であった。
 その収録に私は、役者のように振りをつけられ、何度もNGを出しながらも耐えた。
 ところが本番の番組に写った私の出番は何と、30秒!!
あとの11時間59分30秒は一体何だったんだろう。その顛末
(てんまつ)の騒動記は次号にて話したい。どうぞ、お楽しみに。
 それまで「いち、に、さん、キュー」

合掌

    
     


 

戻る